
この度は、最近の「X」(旧Twitter)を取り巻く状況について、私個人の考えを綴ってみたいと思います。私自身、実は現在、SNSでの発信にはほとんど力を入れていません。ブログ記事の拡散という役割のためだけに利用しているのが実情で、気が向いた時にごく短い投稿をする程度に留まっています。
しかし、SNSというものが持つ役割は、かつてのTwitter時代とは大きく変わってきているように感じています。イーロン・マスク氏による買収を経て「X」と名称を変えて以来、このプラットフォームは次々と新しい機能を追加し、その利便性は正直なところ、目を見張るものがあります。機能面だけで言えば、他のSNSと比較しても使いやすく、非常に素晴らしいものだと今でも私は評価しています。
機能進化の裏側で生まれる新たな課題
機能が充実し、利便性が向上した一方で、Xには今、以前にも増して目立つ投稿が増えているように感じます。それは残念ながら、良い意味での目立ち方ばかりではありません。特に目につくのは、政治的な話題や、男女の論争、左右のイデオロギーといった、対立構造を生み出しやすいテーマでの叩き合いのようなポストです。
このような、精神衛生上あまりよろしくない内容の投稿が、タイムラインに頻繁に流れてくる状況は、多くのユーザーにとってストレスの原因となっているのではないでしょうか。どこかで口論が勃発していたり、建設的ではない応酬が繰り広げられたりしている様子は、総じて印象が良いとは言えません。
さらに、最近目立つのが、AIによって生成された画像や動画、あるいは特定の「ハウツー」をリスト形式で羅列した投稿です。これらは、いかに多くのリプライやインプレッション(表示回数)を獲得できるかという、数字を至上とするロジックに基づいて作られています。ご存知の通り、今のXでは、その数字によって収益が発生する仕組みが導入されました。
収益化が生んだ「リプライゾンビ」の跋扈
この収益化の仕組みは、一種の歪みを生んでいます。一部の非常にバズったポストに対しては、内容とは全く関係のない、あるいは文脈を無視したリプライが大量に書き込まれる現象が起きています。これは、リプライを得ることだけを目的とした、いわゆる「リプライゾンビ」とでも呼ぶべき存在の出現です。彼らは、お金のために動いており、ポストの内容を理解しようとはしていません。
正直なところ、返信欄を見るのが億劫になってしまう、という方も多いのではないでしょうか。問題なのは、このようなしょうもないリプライが、日常のポストだけでなく、誰かの訃報や悲しい出来事に関する投稿にまで平然と書き込まれることです。このような不適切な行為が放置されている状況は、私には少しディストピア的な光景に映ります。イーロン・マスク氏がXを「スーパーアプリ」にしたいという野望を掲げているのは知っていますが、これが彼が望んだSNSの姿なのかどうかは疑問に感じます。
情報収集ツールとしてのXと精神衛生のバランス
もちろん、Xには良い側面もたくさんあります。特に、災害時や世界的な緊急事態といった、本当に必要な情報が迅速に、そして正確に伝達されるべき時には、このプラットフォームの即時性は計り知れない価値を発揮します。注意深く、必要な情報だけを選別して見極める必要がある場面では、Xは依然として非常に強力なツールです。
しかし、それ以外の日常においては、あまり積極的に目にしたくない情報が増えてきたのも事実です。これが、私が最近Xを見る回数が減った大きな理由です。
私自身は、多くの人とコミュニケーションを取りたい、楽しく何かを共有したいという思いは強く持っています。だからこそ、Xという空間がもう少し穏やかで、建設的な場として落ち着いてくれることを心から願っています。
SNSとの付き合い方における「自衛」の重要性
SNSの特性上、予期せぬ形で他者から接触されたり、時には批判や攻撃に晒されたりすることがあります。私自身、過去には、何の接点もない人から、私の投稿内容とは関係なく不当な批判を受けた経験があります。それは非常に辛い経験でした。
このような経験から、SNSは精神衛生上、注意が必要な場所だと認識しています。だからこそ、最近は必要以上に深入りしないよう、意識して距離を取っています。
しかし、SNSを活用する以上、批判されるリスクは常に伴います。完全に相手に非がある場合もあれば、私自身の発言や考えが至らなかった部分が原因となることもあるでしょう。
Xの未来と他のプラットフォームの現状
混沌としたディストピアの様相を呈している現在のXを見て、これが本当に良い変化だったのか、それともこれからさらに良くなるのか、判断するのは非常に難しいところです。私は、かつてのTwitterアカウントを削除するつもりはありません。今後も、様子を見ながら、じっくりとこのプラットフォームと関わっていきたいと考えています。
とはいえ、SNSの勢力図は常に変化しています。YouTubeは動画コンテンツに特化しており、TikTokのような中国発のアプリは将来的な不確実性も抱えています。その中で、Xは今なお、世界的な影響力を持つプラットフォームとして、強い存在感を放っているのは事実です。ブルースカイやThreads(スレッズ)といった新しいSNSも登場しましたが、現時点ではXの持つ影響力に匹敵するところまでは至っていません。
私は、世界が平和で、人々が穏やかに生活し、罵り合いのような「クソリプ」で溢れることのない世の中を心から願っています。そして、私自身の活動においては、今後もブログをメインの拠点として、地に足をつけて活動を続けていきたいと考えています。この情報過多の時代に、Xとどのように向き合い、どのように情報を取捨選択していくのかは、私たち一人ひとりに課せられた重要なテーマだと感じています。
